2020.1.22 15:30

「ゲジゲジシダ顛末記」

ゲジゲジシダという、少し名前の変わったシダがあります。
このシダは「北海道~本州・四国・九州に分布」と図鑑上にありますが、分布の中心は関東以西で、北関東あたりから西の地域ならばごく普通に石垣などで見られます。


(福島県産ゲジゲジシダ)
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しかし北に行くほど少なくなり、秋田・岩手・青森県ではごく稀にしか見られません。
ましてや北海道ではまず見られないのですが、図鑑上で「北海道~」となっているのは、1976年に植物学者の原松次先生によって洞爺湖有珠山での採取記録があるからなのです。
そして北海道でのこのシダの記録は、この一度だけ―。


有珠山はこの採取記録の後に二度も大きな噴火を起こしていて(1977~78年・2000年)、地形も森の姿も、噴火前と大きく変わってしまいました。
そんな地域特性もあり、その後誰もこのシダを見つけていなく(気にする人もいないでしょう)、先年に出版された『北海道シダ図鑑』でも「1977年の噴火によって(道内のゲジゲジシダは)絶滅したようである」と書かれています。


”……ようである” って、ロマンじゃないですか。私の好物です。
なので実は私、2015年あたりからずっと探していました。


こんなモノは手当り次第に探しても見つからないわけで、まずは仮説を立てることから。
暖地性のシダがかつての有珠山にあった、ということは、きっと「地熱」や「噴気」に頼って細々と生育しているのではないか?と。


実はさかのぼること数年前に、これまた北海道ではほぼ見ることのないミズスギという暖地性のシダが道南にあるということを知り、道南に通うこと2年、やっと見つけた経験があります。それはやはり、噴気に依存して生育していました。
本来の生育適地であれば30~50センチほどにもなるシダなのに、まるで冷たい外気に触れないように背丈を低くし、噴気が当たる数センチの大きさで細々と生きていました。


「これが北限での姿なのか…」
と自然の面白さを感じたものです。


(伊豆諸島産ミズスギ)
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(北海道産ミズスギ)
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ゲジゲジシダも、こんなパターンだろうか……?


さらに、さすがの原松次先生も深いヤブの中で狙って見つけたわけではなく、何か他の目的で歩いている時に偶然見つけたのではないか?そうなると、それなりに歩きやすい場所?
なんて想像もしながら、77年噴火よりも前の航空写真や地形図を見ては、めぼしい場所を見当つけて歩いて……しかし幾度も歩けど見つからず。
そう簡単にはいきません。


だけどしつこい私は、次の一手を。
地熱の高い場所を見つけるためには積雪期に雪の量を見ながら探せばいい、というごく簡単なことにふと気付き、ゲジゲジシダ探しはまずは冬に生育場所の見当をつける、という方針変更。「周囲よりも積雪量が少ない=地熱の高さ」でしょうから。


となると、もう一度歩き直しです。
そんな "目" で、森を歩き、ヤブを行き、崖を降りたり登ったり……やっぱり見つからず。まぁ、そりゃそうです。


「やっぱり絶滅したのかな……?」


こんなことを2~3年繰り返しながら半ば諦めかけた2018年の3月、数センチ程度の小さなシダを見つけました。
その場で名前が決められなかったのがワタシ的に気になり、6月下旬に再訪すると……成長した姿は、まさにゲジゲジシダではありませんか!
周囲には5個体ほど確認出来ました。


こうして、42年ぶりの再発見となりました。
北海道に5個体しかいない植物って、ある種の感動を覚えます。


(北海道産ゲジゲジシダ)
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意外や意外、何気ない場所にありました。今まで散々ヤブの中を歩き、崖を歩き、雪の中を歩いたのは何だったんだろう(笑)ただ、岩地で噴気が上がるような地熱の高い場所、という推察は大正解です。


それにしても、こんなに人目に付くような場所にあるシダが40年以上も確認されてこなかった、なんて、ガイド的にはとても興味深いことです。
人間の自然観察に対する心理が垣間見えます。


きっと―、
1.本州では当たり前のように見られるモノは、たとえそれを識別出来る(本州の)人が見ても、 "北海道での分布情報" を知らなければ「あぁ、そりゃあるよね」と軽く考えてスルーしてしまう。


2.島である北海道では各図鑑がよく整理されていて、それだけに、北海道の人間にとっての自然の知識は北海道内で完結しがち。本州ならメジャーなモノでも、北海道の図鑑に載っていなければ知る機会は少ない。


3.やっぱり、知らないものは(目の前にあっても)見えてこない。
―のでしょうか。


こんなことが垣間見えるフィールドワークって、そうそうありません。
一生に一度あるかないかの宝探しとなりました。


学術的な記録としては昨年に標本の収蔵を終えたので、ワタシ的にはもう満足。
だけどせっかくなので今回は、こんなフィールドワークの過程の楽しさを書いてみました。
知っていることで見えてくる世界があるものです。

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